代々木上原・公園エリアは、飲食店ばかりでなく、クリエイターたちの活動拠点も多いのも魅力のひとつです。
女優や俳優をはじめ、アイドルやアーティスト、料理や風景などあらゆる被写体を捉えながら、広告やカタログ、映画やメディアなどで活躍、さらにはご自身の作品集の発表など、シーンの第一線を突っ走る写真家・鈴木陽介さんもその一人。
鈴木さんは、写真家であるかたわら、代々木上原で行列ができる餃子の名店「按田餃子」のオーナーでもあることは、「按田餃子」ファンの間では言わずもがなの事実です。
写真家であり人気餃子店の経営者という、とてもユニークな鈴木陽介さんのバイタリティの源や、仕事に対する姿勢を深掘りしてみました。
撮影=鈴木陽介
サッカー少年から写真家へ
――先ずは、鈴木さんが写真家になったきっかけを教えてください。
実は、幼い頃から高校生までサッカー少年だったので、写真には全く興味がなかったんです。
強豪高校のサッカー部でプロ選手を目指していたのですが、自分の体力では叶わないことに気づいた頃、進学先の大学に芸術学部があり、デッサンの勉強が必要な美術ではなく、写真を専攻したのがきっかけで写真を撮り始めました。そのまま大手印刷会社の写真部に入社して、3年後に独立しました。
撮影=鈴木陽介
ワールドカップの全試合を観戦したくて、会社員を辞める
――会社所属のカメラマンとしてキャリアスタートから3年で独立は、かなり早いタイミングですよね?
2002年の日韓ワールドカップを全試合観戦したくて、会社員のままじゃ観られないから、開催するまでに退職しようと決めていたんです。それから、会社という組織の中での仕事は勉強にはなるけど、自由が効かない。技術を習得したら、とにかく自分で何かやりたいという気持ちが高かったんです。
でも人づてもないままフリーになったので、1年間くらいは仕事がなくて。いつ仕事が入ってもいいように、前日に仕事を決められるポスティングのバイトで凌いだこともありました。ポスティングの仕事って、後ろめたさを抱えてやっているから、背後から急に声をかけられるとビックリする恐怖感があるんです。犬に吠えられたり、うっかりばら撒いてしまったチラシを拾ったりしている時の屈辱感は今でも忘れられません。
当時、同棲していた彼女がいたのですが、いわゆる「ダメ男」のような僕に嫌気がさしたようで突然出て行ってしまい、家賃が倍になるという危機的なタイミングで急に仕事が増えていって、写真家として生計を立てられるようになりました。
撮影=鈴木陽介
“美”に目覚めて、餃子店「按田餃子」を開く
――本業である写真家のかたわら、代々木上原に餃子店「按田餃子」をオープンした経緯を教えてください。
ある時、ミス・ユニバースの撮影を担当したことがあって。世界一の美女を目指す彼女たちが実践している食生活を試しに自分も取り入れてみたら、8キロも痩せたんです。僕が“美”に目覚めた時に出会ったのが按田優子さんなんですよ。
これまたある時、按田さんのレシピ本の撮影していて、「我慢せずに食べたいものを食べてキレイになれる料理があったらいいな」という話をしていたら、按田さんがヘルシーな食材を活用したレシピを提案してくれたんです。そのレシピをもとに餃子を作って、出版パーティで来場者に食べてもらったら好評だったこともあり、「餃子屋さんを開こう!」とすぐに決心して近くの不動産屋に向かいました。
やりたいことができたら “成功”
――写真家とは全くの異業種の飲食店を、出会って間もない按田さんと共同経営する大胆さと勇気が素晴らしいです。
「経験したい」が先にあったから、とにかくお店をオープンできたら“成功”だと考えていました。私も按田さんも一切借金しないで、貯金の中から出せる金額の範囲内で、家賃や内装をまかなうようにして、それでダメだったらきっぱり諦めようと思っていたし。
お互いに本業があるから、はじめから稼ぐことが一番の目的ではなかったんです。売れるために色々とリサーチをしたり戦略を練って売上が上がったとしても、やりたくないことをやってしまうのは“失敗”。とにかく自分たちがやりたいことをやるのが“成功”で、それに利益がついてきたら“大成功”というスタンスだったことも、結果的によかったかもしれません。
撮影=鈴木陽介
働く時間も、個性や波があっていい
――「按田餃子」の運営で心がけていることはありますか?
とにかく自分たちの作品づくりみたいにやりたいことをやって、やらなくてもいいようなことは諦めてやらないようにしています。
スペインに滞在した時、バルの店員さんはサッカーのテレビを見るために働いているように感じたんです。お客さんから注文を受けてビールをサーブしたら、すぐにサッカーの試合を夢中で観ている。ビールを出すだけで充分に働いていて、お客さんの目を見て大きな声で「ありがとうございます」と言わないといけないマニュアルとかどうでもいい。働くことって、人生の中でそんなに重要な部分を占めていなくてもいいんじゃないかなと思うんです。
以前、「店員の私語が多い」というクレームを受けた時に、「当店では、私語は禁止していません。スタッフが毎日楽しく過ごせるようにお店作りを心がけてます」と返信したことがありました。例えば店員の人たちがお喋りしてない日があった時は、お客さんが「今日元気ないね」って話しかけて、「そういう時もあるよね」みたいな感じで餃子を食べて帰るようなお店にしたいです。
働く時間も、もっと個性や波があっていい。そんな風に、自分たちがやりたいことだけやって、無理に頑張ってやらなかったからこそ、「按田餃子」というオンリーワンのお店になれたのかもしれません。
撮影=鈴木陽介
思いがけないことが起こると、いい写真が撮れる
――写真家として、よい作品をつくるために重視していることはありますか?
写真家の仕事も、「按田餃子」と同じように毎日起伏があるので、その場で感じたことを大切にしています。思いがけないことが起こると、いい写真が撮れるもの。撮影の終盤で、こっそり目を瞑って撮ってみた方が、料理の写真などよく撮れたりすることもあるんです。
最初から「こうした方がバランスが取れそう」と計画を立ててから撮ると、想定通りの作品ができるけれど、「何かイマイチ面白みに欠けるなあ」と感じることが結構あるから、その時の状況に任せて撮った方が、よりリアルなものがつくれると思います。
撮影=澤木亮平
多様性を尊重し、知らなかった世界を発見していく
――写真家だけでなく人気餃子店の経営もこなす、バイタリティ溢れる鈴木さんの原動力は何でしょうか?
「多様性を尊重する力」ですかね。プロサッカー選手になることを諦めて、写真を始めた時から身についていたことなのかもしれません。
鉄道オタクの人たちが鉄道の写真を撮影してるのを見て「狭い世界で生きてるなあ」と思っていた体育会系の自分が、180度異なる文化系の写真部に入った。そこでカメラの知識もなく上手に撮れない自分がダメ人間のように思えて、鉄道オタクへの敬意が生まれました。
ビラ配りをやったら「こんなに一枚一枚丁寧にポストに入れてるんだ」と感動したし、餃子屋を始めたら「料理人ってすごいなあ」と尊敬するようになった。急に人生のハンドルを切って飛び込んで、これまで知らなかった世界を発見していくことは、これからも続けて行きたいです。
撮影=鈴木陽介
不安定ないま、前向きに転がっていく勇気
体育会系から文化系へ、写真家に飲食店経営をプラスするなど、いつも大胆に舵を切りながら前進し続ける写真家・鈴木陽介さん。
カメラのシャッターを切るときや、「按田餃子」の運営では、その時の状況や自身の直感に身を任せることで生まれる“リアル”を堪能しているようでした。
なるべく無駄や失敗から逃れようと、打算的に考えたりリスクヘッジを取ることは、合理的に見えて、実は大きなチャンスや出会いを逃してしまうこともあるのかもしれません。
予測できない未来に不安になりがちな今こそ、鈴木さんの生き方は、前向きに転がっていく勇気を与えてくれそうです。
鈴木陽介 写真事務所 / Erz (studio)
東京都渋谷区元代々木町28-1 #106
TEL: 03-6912-1644
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