ネガティブな状況に陥った時に、自身を突き動かすのは「好き」のチカラ。
「好き」を仕事にしている人たちが、さまざまな状況を踏まえて「いま、今まで、少し先の未来」を、どのように考えているのか?
代々木上原という地で、未来を見つめる人たちにフォーカスしていく新連載【いま、これから、代々木上原】。
第3回は、いまや代々木上原を代表する餃子の名店「按田餃子」の経営者であり料理研究家、本の執筆やメディアへのレシピ提供、さらには道の駅の商品開発など、幅広く活躍している按田優子さんにお話を伺います。
「按田餃子」は、2012年に代々木上原に誕生し、2018年には二子玉川店に2号店をオープン。国産の鶏と豚をベースに季節ごとの素材を組み合わせた餃子の具に、ハトムギを配合した自家製の皮の独特な味と食感は、多くの人を虜にしています。
そんな唯一無二の料理店「按田餃子」は、共同オーナーである写真家の鈴木陽介さんとのちょっとした雑談をきっかけに、トントン拍子で創業に至ったんだそう。
写真提供=鈴木陽介
「ダメでも、恨みっこなし」からスタート
――「按田餃子」をオープンしたきっかけは何だったのでしょうか?
2011年に発刊した料理本『冷蔵庫いらずのレシピ』(ワニブックス)に掲載する料理を、写真家の鈴木陽介さんに撮影していただいたときのこと。ちょうど餃子を撮っていた鈴木さんが「代々木上原で、女子版吉野家みたいに彼氏と一緒に食べられて、身体にいい餃子屋さんを開きたい」と突然言い出したんです。
お互い本業があるから、お店を誰かに任せることを前提にして、「焼き餃子は焼き加減が難しいけど、水餃子だったら茹でるだけだからアルバイトでもできるよね?」と話が盛り上がっていって…。
鈴木さんと出せるだけの貯金を出合って「もし失敗しても恨みっこなしね」と約束を交わして、思い切って挑戦することにしました。
鈴木さんは「やらないで後悔するより、やって後悔する方が格段にいい」というスタンスの持ち主で、とにかく餃子屋をやってみたいから「開いたら成功!」くらいに考えていたので、プレッシャーも少なかった。
さらに鈴木さんとは仕事で出会ったばかりで、友情も芽生えていない状態。「もし失敗しても、何もなかったことにできる」そう考えたら気が楽になったので、「按田餃子」を開店してみようと決心しました。だから、もし鈴木さんがいなかったら「按田餃子」は存在しなかったことなんです。
写真提供=鈴木陽介
きっかけは“お見合い結婚”のような関係
――知り合って間もない鈴木さんとの共同経営を進める中で、揉め事など起こらなかったんですか?
2人の間でぶつかり合ったことは全くないんです、本当に。お互いが本業を持ち生活するための収入があったことや、同い年で共感できることが多いことも、喧嘩をしない大きな要因だったと思います。
いっぽうで、鈴木さんはお酒を飲まないから、プライベートで食事に行ったり飲みながら話したりすることもなく、「按田餃子」のことしか話をしたことがないんです。私たちのきっかけは“お見合い結婚”のようでした(笑)。
恋に落ちたように盲目的に舞い上がって選んだ相手ではないから、礼儀正しくしてないとあっという間に関係がプツッと切れちゃうような気がして、甘えられない。そういう程よく距離感のある関係性も良かったんだと思います。
鈴木さんって、その人が持っているいいものを崩さないようにして写真を撮るんです。撮ってくださった料理本『冷蔵庫いらずのレシピ』の写真も、明る過ぎず少し暗い雰囲気で、いつもの自宅の風景をありのまま切り取ってくれた。「餃子に生姜を入れた方がいいんじゃない?」とか一切言わないし、相手のクリエイティビティに口出しをしない人だから、私に限らず「鈴木さんと一緒だと仕事がしやすい」って、みんなが思っているはずです。
写真提供=鈴木陽介
誰でも美味しい餃子が作れることを追求
――お店づくりや運営のために、工夫したり大事にしていることはありますか?
オープン当初から「按田餃子」の経営はほどんど鈴木さんにお任せして、私は餃子の製造管理を担当しています。
餃子屋を始めるために、例えば中国に修行に行ったり、餃子を食べ歩いて研究したりすることは、私には無理。専門家になるよりも、おばあさんの作った味噌汁の方がよっぽど日本的で美味しかったりするから、極めたり背伸びしないようにしました。
私が優先したのは、アルバイトの人でも美味しい餃子が作れるようなオペレーションです。食材や作り方にこだわり、私にしかできない作品のような餃子を作っても、ひとりで抱え込むことになり結局自分が苦しくなってしまうから。
適切な原価計算や製造の段取りを決めて、いかに均質に美味しい餃子を大量に作っていくかを考えることは、以前お菓子工房で製造していた経験があった私にとっては、得意分野だったんです。お菓子を作る時と同じように、味見をしなくてもきっちり分量を測ってくれたら、美味しい餃子ができる。そうやって、自分がやらなきゃいけなかったことを少しずつ手放して、他にやりたいことと両立させることができるようになりました。
「こうあるべき」から開放されること
――按田さんは「按田餃子」の経営者だけでなく料理研究家として幅広く活動されていますが、複数の仕事をうまく両立しながら、好きなことを続けていくためのコツを教えてください。
按田餃子を始めるまでは、離婚して会社員を辞めて、やっと自由の身になれた状況だったので、アルバイトでもしながら貯金をしてはバックパッカーで旅をしたいと思っていました。別になりたいものなんてなくて、とにかく気の向くままに生きたかったんです。
離婚を経験した時に、なぜ相手が嫌になったのかを色々考えてみると、すごく個人的な出来事ではあるけれど、結局は社会をはじめ、制度やムードに自分がそぐわなかったから嫌な思いをしていたことに気づいたんです。それから枠に囚われない視点で、自分自身の生き方や周りのことを考えるようになりました。
「料理人はこうあるべき」とか「40才なのにフリーター」とか、そういう何かの型にはまった考え方をすると、「私は何者なの?」と自分を見失い悩んでしまう。だから「自分が何から自由でいたいのか?」を自覚して、脳みそのリミッターを外さないと、結局は自由になれないんです。
自炊ができると、自立にもつながる
――代々木上原を代表する名店「按田餃子」と、按田さんご自身の今後の展望について教えてください。
「按田餃子」が好きで、餃子製造工房もつくってオンライン販売も始めたので、もう少し店舗も増やしたいと思っています。8年前に鈴木さんの一声で開店してから今日まで存続し続けられているということは、私たちの想いに共感してくださる人がいるという証でもある。私でも社会を少しだけ変えられているような気がして、それが一つのやり甲斐になっています。
2つの店舗と工房で多くのスタッフを抱えるようになってから、「どうやって相手を理解するか」にすごく興味を持つようになりました。もっとスタッフのみんなと上手くコミュニケーションが取れるようになれば、結果としてお店の売上という目に見える成果につながると思うんです。飲食店を営むことで、人との関わりも追求できる。だから「お店って、楽しいんだ」と実感しています。
料理研究家としては、小学生くらいの男の子が「僕は、絶対強くなる!」と言って自炊をするきっかけになるような、ジャングルのレシピ本を書きたいです。自炊ができると自立にもつながるから、男の子でも幼い頃から自炊して欲しいんです。
それは年老いても同様で、最後まで自分の思い通りの料理を作って食べられることは幸せなことで、「私はジャガイモを、こうやって食べるのが好き!」と具体的に言えることは、とても素敵なことだと思っています。
旅をする、餃子店を開く、本を書くとか、私はやりたいことが常に変化しているけれど、結局すべて食生活から派生しているものに携わっているときに、好きなことや自由を感じているんだと思います。
「好き」を探すのではなく、「好き」になっていく
私は、自分から好きなものを探しても、なかなか見つけられないんです。だから、そばにいる誰かの役に立ちそうなことを考えて、それを自分がやり遂げられるように努力していると、結果的に「好き」なことになっていることが多いような気がします。
事務所にある家具も、好きなアイテムを集めたわけではなく貰い物ばかりで、「どうにかして使おう」と考えていくうちに段々と好きになっていくんです。職場で出会う人も元々自分で選んだわけじゃないけれど、それぞれの任務を全うしていくうちに、掛け替えのない存在になっていくものなんじゃないかな。
「好き」= 出会いを受け入れること
「こうあるべき」という見えない枠に囚われず、心をフラットな状態に保ちながら、一つ一つの出会いを気楽に受け入れること。そうして出会った人やモノと自分自身との関係に、新たな価値を見出して「好き」なことを増やしている按田さん。
取材で按田さんを訪ねたときのこと。都心の住宅地であるにも関わらず、事務所の入り口ドアが全開になっていて、まるで「ようこそ!」と迎え入れられている感じを受けたのは、按田さんの生き方が現れていたのかもしれません。
【あわせて読みたい】
按田餃子(あんだぎょうざ)
■代々木上原本店
住所:東京都渋谷区西原3-21-2
TEL : 03-6407-8813
営業時間:平日10:00 – 22:00 /土日祝日 9:00 – 22:00 (LO 21:30)
定休日:なし
■代々木上原パワー店
住所:東京都渋谷区西原3-7-4 渡部ビル1F
営業時間:11:00 – 22:00 (LO 21:30)
定休日:なし
■二子玉川店
住所:東京都世田谷区玉川3-13-7 柳小路南角 1F
TEL : 03-6447-9633
営業時間:11:00-14:00 ( LO 13:30) / 17:00-21:00 (LO 20:30 )
定休日:なし
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