「ネイバーフッドのための小さな複合拠点」
代々木上原駅南口を出て徒歩1分のところに、上記のテーマを掲げて2023年にオープンした施設があります。
施設の名前は「CABO(カボ)」。コンクリート打ちっぱなしの外壁が特徴的な建物には、飲食店をはじめ雑貨店やギャラリー、オフィス、そして住居など多様なテナントが入ります。
そんなCABOの1Fにあるのが「CITY LIGHT BOOK(シティライトブック)」。その名のとおり書店であることは間違いないのですが、どうやらいわゆる「町の本屋」とはひと味違うのだとか。
地元の人はもちろん、遠方からも足を運ぶファンが多いという同店のオーナーに詳しく話を聞いてみました。
出版業界の生態系をまるっと見てきた
CITY LIGHT BOOKのオーナー神永泰宏さん
CITY LIGHT BOOKを手がけるのは、自ら店頭に立つオーナーの神永泰宏さん。本やお酒について質問をするとたっぷりと答えてくれる、気さくな方です。
書店の販売員から出版社の営業に至るまで、これまで多様な職種を経験したことがあるという彼は、なぜ代々木上原に自身の店を構えることになったのでしょうか。
───オープンのきっかけを教えてください。
ラーメンを愛するラーメンライターが、最終的に店をオープンするみたいな…。そんな感覚に近いと思います(笑)。
───もともと本がお好きなんですか?
たくさん読書をするタイプの人間ではないんですよ。ただ、若い頃から書店員をしたり、出版社の営業代行をする会社で働いていたりと、何かと本と関わることが多かったんです。
そうして出版業界の生態系、特に流通に関する部分をいろいろと見てきました。製本所や印刷所でアルバイトをしたことも。その延長線上で、「じゃあ自分でも店をやってみたいな」と思ったのがきっかけです。
───なぜ代々木上原に?
僕は地元が笹塚なんですよ。だから縁のあるこの辺り(代々木上原)や幡ヶ谷、西原などでも物件を探していました。
それで、ここCABOを運営されている会社の方がたまたま知り合いだったんですが、書店をやりたいという話をしたら物件が空いていると教えてもらいまして。タイミングよく入れたんです。
書店に行けば知識を得られる
2Fにある書棚のひとつ。料理関係の本がずらりと並びます
───どんな本をラインナップされていますか?
これは社会に必要だな、と僕が考えている本のカテゴリーがあるんですね。
人文学、社会学、自然科学、児童書、アメリカ、沖縄、韓国など。基本はこれに沿ってセレクトしています。新刊でも古い物でもベストセラーでも埋もれているようなものでも。そういうのは関係なく、ただ僕がいいな、と思ったものをセレクトしています。
───それらのカテゴリーの意図は?
そうですね…。一般の書店さんみたいに、週刊少年マンガとかを置きたい気持ちはあるんですよ。要は昔どこにでもあった”町の本屋さん”にしたいと思っていたんですけど、うちのビジネスモデル的にはどんどん新刊を入れ替えたりするのは向いていなくて。
だからそっちは諦めて絞ったセレクトをしようと思ったときに、社会的に意味があるといいますか…そんな本を集めたいなと思ったんです。
───なるほど。おもしろいですね。
さきほども話したとおり僕自身あまり本は読まないのですが、本にはなにか「学べるもの」があるといいと思うんです。
たとえば僕は、高校1年生のときに原付の免許を取ろうと思ったんですね。そしたら学科の勉強が必要じゃないですか。今だったらネットもありますけど、当時はもちろんそんなものはなくて。本屋さんに行って本を買って、それで初めて知識を得られたんです。
そういう原体験があるので、なにか知識を得るためにまずは本を読むだろう、そのためには本屋へ行くだろう、というのは自然と身についてた気がします。おいしいパスタを作りたいなら、 本屋に行ってパスタのレシピ本を買うことでスキルが手に入る、みたいな感覚。
なので自分のお店もそんなふうに、なにか学べるものがあり、 さらには訪れる人たちにとって出会いの場になってくれればいいなと考えています。
───個性的なカバーの本もたくさんありますね。
ですよね。というのも最近、個人の方が作っているZINEをいくつか取り扱っているんです。たとえばこれ、すごいんですよ。
とある個人の方が「多奈崎(たなざき)」という架空の街を考案し、その地図をこうして作ってるんです。「文啓社」という架空の版元で、「MAPIX」という架空のレーベルで(笑)。ここに描かれているショッピングモールや学校、病院などもすべて作っている方の頭の中に存在するものなんです。
しかもそのショッピングモールにはこんな店が入ってるとか、この街にはサッカーチームがあるとか、そういう細かいところまで設計されている。そもそもは製作者の方が飲みに来られて、ZINEを作ってるという話になり、聞いていくうちにこれはおもしろいぞと思いまして。それで置かせてもらうことになったんです。そんなことができるのも、個人の書店ならではかと。
本を扱う場所=コミュニティになればいい
バースペースから見える店内の1F。お酒やコーヒーを飲みながら、ゆったりと本を読むこともできます
───CITY LIGHT BOOKは「本を仕入れて販売する」という従来の書店がもつ機能に、神永さんのアイデアをたくさんプラスされている印象を受けますね。
これまでいろんな書店を見てきたので、おもしろいサンプルに出会うことが多かったからだと思います。僕が営業で書店を回っていた当時、全国に2万ほど書店があったのですが、おそらくそのうち5000は足を運びました。
それだけ書店を見ると、個性的なところがいくつもあるんですね。たとえばとある離島の本屋さんは、もちろん本も売ってるんですけど、宅急便の発送所になってたり。地元の人たちはポストもそこにあるから、手紙や荷物を出すために行くという感じ。つまりコミュニティなんですよ。ほかにも駄菓子屋を兼ねている書店も訪れたことがあります。
そこに住んでる人たちが集まる装置としての機能を備えているので、すごくおもしろくて。それを自分もやってみたいな、と。
───なるほど。共同体にとって必要な場所ですね。
ただ、ここは都会なのでもちろん宅急便の発送所になる必要はないんですが(笑)。
それでも人が集まる場にしたいので、本の著者さんを招いたりして、トークイベントなどを月8回ペースで実施しています。
あとは出版業界の方が多くいらっしゃるので、人と人を繋ぐこともあったり。「今ライター探してるんですよ」みたいな話があったとして、「実はあそこにいる人ライターなんですよ」って感じで、ここで知り合って仕事が生まれるみたいなのも理想としてありますし、実際にそういうことが頻発しています。
普通の書店だと難しいかもしれないのですが、やっぱりカウンターでお酒を飲んだりしながら話ができると、そんなコミュニケーションも生まれるんですよね。
そういう意味で本屋はなんでもできるし、おもしろい場所だなと思います。
───素敵ですね。お酒を飲みながらとなると、話も弾みそうです。
ですよね。僕自身、お酒がめちゃくちゃ好きというのもあるのですが(笑)。
───どんなメニューを用意されているのでしょうか。
基本はラムなんです。この棚に並べているのもすべてラム酒。僕がラム好きなのもあるんですが、この近辺だとワインを出す店が多かったりするので。じゃあうちはラムを出してみようかな、と。ワインもビールも揃えてはいるんですけどね。
2Fの一角には児童書がずらりと並ぶ
───一方で、ある種お酒とは対極にある児童書も多く取り扱っていますよね。お子さん連れの来店も多いのでしょうか。
ええ。若いファミリーが多く来てくれます。近所の方がほとんどですね。
始める前はあまり児童書を取り扱うつもりはなかったのですが、やってみたら需要があることを知りまして。そうやって取り扱う本の内容である程度お客さんの層を狙えるのは、やり甲斐があるなと思っています。
神永さんイチオシの本とは? ───たくさんあって難しいとは思いますが、神永さんイチオシの1冊を教えていただけますか。
この『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』が個人的にすごく好きな本です。
というのも、この幸福書房って今うちが入っているCABOのすぐ裏にあった書店なんですよ。
とても変わったお店でして。その日の朝に仕入れた本を売るという、鮮魚店みたいなやり方で(笑)。地元がこの辺りということもあり昔から好きだったんですが、2018年に閉店してしまったんですよ。
まさか自分がそのすぐ裏で書店をやるとは思っていなかったので…。そんな個人的な思い入れもあって、ぜひ読んでいただきたい1冊です。
同店の公式Instagramのプロフィールには、こんな紹介文があります。
「本と人が集う場所」を「街の灯」と見立て、CITY LIGHT BOOKと名付けました。
おもしろい本をセレクトしたり、おいしいコーヒーやお酒を提供したり、その両方を楽しめるカフェバースペースを用意したり…。神永さんが作り出しているのは、まさに人が自然と集まるような「街の灯」そのものです。
本を見に行くだけでも十分に楽しめますが、週末はイベントに参加してみるのもいいかも。開催内容など詳しくは公式Instagramをチェックしてみてください。
CITY LIGHT BOOK(シティライトブック)
【住所】東京都渋谷区代々木上原1-32-3
【営業時間】13:00〜22:00
【定休日】火曜日
【WEB】Instagram
ALL PHOTOS:SHO KATOH
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