代々木上原にゆかりのある人物にフォーカスする連載企画「上原人物名鑑」。第6回は航研通りにお店をかまえる花屋ex. flowershop & laboratoryの田中彰さんをご紹介します。
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ex. flower shop & laboratoryとは
ex. flower shop & laboratory(イクス)は、代々木上原、中目黒、蔵前の3店舗を展開する花屋です。母体会社のBOTANICでは、花と新聞の定期便、「霽れと褻(ハレとケ)」も手がけ、花の魅力を伝えながら花を届けるサービスを提供しています。
お店に一歩入ると、落ち着いた内装。自然光もしっかり入り、花の美しさを引き立てます。
代表業務と並行し、日々の仕入れや装花にも自ら現場へ赴く田中彰さん。花屋を立ち上げた経緯や、花屋を通して伝えたいことなどを語ってくれました。
花屋では異例の20代での独立。
―今日はよろしくお願いします! まず田中さんには、花屋を始める前についてお伺いしてみたかったんです。
大学では経済を学んでいました。ゼミも環境経済を専攻していたので、今思うと多少なりとも「自然」が僕の中のキーワードとしてはあったのかもしれません。
―なるほど。植物や自然を意識するようになったのはいつからですか?
新卒で全く花と関係のないメーカーに入社して、しばらくは購買企画、資材管理の仕事を任せてもらっていました。だけど働いているうちに、人の幸せにもっと直接関われるような仕事がしたいと考えるようになって、もしかしたら他にやるべき仕事があるかもしれないなと一度会社を離れたんです。そのときに地元の高知県に帰って、たまたま牧野植物園というところに行きまして。
―どんなところですか?
高知の偉人で、植物学者の牧野富太郎が作った植物園です。展示している植物も建築物もすごくキレイなんですよ。そこで視覚的に四季の美しさに癒されたこともあるけど、その資料館に牧野富太郎の生き様みたいなものが書いてあって、それに感動しちゃって。こんなに素敵なものと人生を歩むのって良いなあと。それから、とあるフラワーアーティストの手伝いをさせていただいたあとに、南青山の花屋に再就職しました。
―そのときはおいくつだったんですか?
26歳かな。だから先輩がみんな年下で。
―それは辛い(笑)。
すっっっごい辛かったけど、いい経験になりました(笑)。最初はオフィスワークのほうで誘っていただいたんですけど、実際に花が挿せるようになりたいと申し出て、ゴミ掃除からスタートしましたね。一応謙虚に生きてきたつもりですけど、できあがっていたプライドとかも全部なくなって、一度フラットになりました。
―大きな経験だったんですね。独立されたのは20代ですか?
はい、20代のうちにしようと決めていました。花卉(かき)業界は一人前になるまでに3年以上かかると言われているんですけど、僕は26歳で入ったから、すぐに30歳になっちゃう。だから、2年かからずに辞めて独立しました。業界としては一般的ではないし、このレベルの能力で独立して良いのかと悩んだこともありましたが、やるしかないと思って。
―ちなみに、具体的にはどんなスキルを求められるんですか?
フラワーデザインは本当に幅広いんですが、イメージしやすいのは、花を束ねてブーケを作ったり、花がきれいに見えるように挿したりすることですね。花を束ねることって、すごく素敵だと思っていて。お花ってそもそもすごく綺麗なものじゃないですか。それをよりきれいに見せるという人がもたらす付加価値が、今僕が考えている花屋の可能性のひとつなんです。魅力を10倍にできる人ともいれば80%に減らしちゃう人もいるので、その安定した技術は、1、2年で身につけるのは難しいとは思います。いかに花と向き合ったかだから。
「experiment(エクスペリメント)」と「experience(エクスペリエンス)」の「ex」
―イクスは中目黒が初出店ですよね。
最初はお金がなかったので、自分で適当にコードを覚えてオンラインストアを立ち上げました。そろそろお店を持ちたいなと思っていたらたまたま物件が見つかって、50万円弱で中目黒店をオープンさせましたね。什器も全部イケアとかで揃えました(笑)。
はい、最初は一人で。ただ僕の目標は、花卉業界を良くしたいとか、社会問題を解決したいとかだから、1年目の儲かっていないうちから法人化しちゃいました。
―法人化って、だいたい納税や契約の都合でするものですよね。
僕の場合は「覚悟」でしたね。ずっと一人でやっていくつもりもないし、いち花屋のオーナーには興味がないから。初めは税理士さんに言うのが恥ずかしいくらいの財務状況でしたけど(笑)。
―(笑)イクスはどんなお店にしたいと思って作ったんですか?
「ex. flower shop & laboratory」って名前にはいろんな意味があるんです。「ex」は「EXperiment(エクスペリメント=実験)」、「EXperience(エクスペリエンス=経験)」から来ていて、特にエクスペリメントが大事だと思っています。正直言うと、花屋が分からなかったんですよ。
―と、言いますと?
花や花屋の存在意義が自分ではうまく言葉にできなくて、これは試行錯誤を繰り返すことになるなと。僕の中での正解が見つからなかったから、それも含めて店にしちゃえみたいな。
―実験する場所として。
そうそう。僕らがお花の価値や魅力をずっと学び続ける場であったり、それをお客さんにも体験してもらう場になったりしたらいいなと思って。ステージによって、その中身、何を試行錯誤してるのかってところは変えているんですけど、根本はそういう「器」ですね。
―なるほどなるほど。「何でも容れられる器」なんですね。そのコンセプトを具体的にはお店づくりの中でどうやって表現していますか?
いろいろなことをやってきましたけど、今はフローリストの社会的価値に興味がありますね。スタッフひとりひとりの個性をどう店としてバックアップしていくか、WebサイトやSNSで試したいと思っています。
スタッフのクマケンこと熊木健二さん
―確かにSNSでスタッフのみなさんの顔が見えるのは印象的でした。それに、みなさんが3店舗をシフトして働いているのも珍しいですよね。
それぞれの働き方や担当、得意不得意を考えてそうしている部分が大きいんですけど、スタッフで店を選んでもらうのもおもしろいなと思っていて。例えば今日はクマケンが中目黒にいるから中目に行ってみよう、とかもできるかなって。
―そう、それが良いと思いました。
花屋って何だろう、フローリストってなんだろうと考えたとき、やっぱり人なんですよね。会社や店としてちゃんとそれを出していくほうが今の社会には合っていると思うし。会社と個人が良い関係性であることが大事かなと。
代表の立場から言うと、スタッフの個を立たせることは勇気もいるんです。ブランディングのこともあるから、出し加減が難しいじゃないですか。特に花って、テイストとかアートの世界なので、一人ひとりがアートをやっちゃうとまとまりがなくなるかもしれない。だから、イクスらしさのなかでどこまで個性を引き出していくかは常にエクスペリメントだと思います。
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