代々木上原エリアにゆかりのある人物にフォーカスする連載企画「上原人物名鑑」。第7回は代々木八幡駅近くのレストランNEWPORT(ニューポート)の鶴谷聡平さんをご紹介します。
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NEWPORTとは
NEWPORTは、ナチュラルワインと季節野菜を使った料理を提供するレストラン。定期的に開催するDJイベントにはYUGE(ユージュ)やAdult Oriented Records(アダルトオリエンテッドレコーズ)を手がける弓削匠さん、ビームス創造研究所クリエイティブディレクターの青野賢一さんらが参加し、作家の展示も行うなど代々木エリアのカルチャースポットとなっています。今年10周年を迎えたことを機にリニューアルしました。
カウンター、テーブル合わせて20席ほど
音楽も店も、同じ気持ちで。
――10周年おめでとうございます。リニューアルしてからどれくらい経ちましたか?
8月末からプレオープンを始めて、ランチを再開したのは9月後半からですね。
――店内のレイアウトが変わりましたよね。DJブースが入口側に。
前は右奥にあったんですが、キッチンを広くしたかったので移動しました。お店を始めたのが2008年なんですけど、ほぼ居抜きで、少し内装を整えた状態で営業していたんですよ。だけどこれから更に10年やっていこうと思ったら、もっと料理もちゃんと出せるようにしたいし、設備も整えたほうがいいということになって、思い切ってリニューアルしました。
――スピーカーは前もこのタイプでしたっけ?
もともと使っていたものと、これは今回導入しました。SONIHOUSE(ソニハウス)という日本のオーディオメーカーがつくっている無指向性(全方位型)タイプで、店の中のどの席に座っていてもちょうどよく聞こえます。
12面体になっているのでどの位置にいても音のバランスが良い
――たしかに音楽が行き渡っている感じがします。NEWPORTを始められる前は、音楽のお仕事をされていたんですよね?
昔から音楽が好きだったので、大学生のときから音楽関係のバイトやDJをするようになり、就職も運良くレコード会社に決まりました。そのあと1999年に友達の紹介で青山のスパイラルで、SPIRAL RECORDS(スパイラルレコーズ)というレコードショップを始めることになったんです。当時はインターネットもまだまだ普及していなかったし、YoutubeもiPodもまだなくて(注:Youtubeの創業開始は2005年、iPodの発売開始は2001年)、CDやレコードが主流の時代でした。スペースが限られていたから独断と偏見で選んだものを全部試聴できるようにして、対面で売っていましたね。ゆくゆくはレーベルを立ち上げてリリースもしていきたいという話も、いい出会いがあり実現できて。
――とんとんと進んでいったんですね。
これはNEWPORTを始めるときの話にも繋がるんですけど、マーケティングをして「こういう感じだったらいけるでしょう」とかではなくて、自分が好きなことで、かつまだ形になっていないことをやってみたら、みんなが喜んでくれるんじゃないかという思いで始めたんですよ。
レコード会社ではいろいろな経験をさせてもらったけど、やっぱりプライベートな時間に友達とDJをやることが僕にとっては一番楽しくて。仕事をどんどん任されるようになると、少しずつ自分のやりたいことから離れていく気がしたので、一度辞めることにしたんです。運良く自分の好きなようにやらせてもらえる場に巡り会えて、そのままスパイラルでは9年くらい働かせてもらいました。
――結構長いですね。そこからどのような流れでNEWPORTを始めることになったんですか?
実は、前にこの物件を持っていたのはスパイラルレコーズからリリースしていたアーティストなんですよ。彼らが経営していたウェブとデザインの会社が、この場所でお店をやっていたんです。
――へえ!
10年ぐらいごとに、この先どうしていこうかってぼんやり考えることってあるじゃないですか。自分の場合、賑やかな街じゃなくて、自分が住んでいるような身近な街に音楽がかかっている場所があったらいいのにと思うようになったんです。今でこそ代々木八幡や代々木上原は賑わっていますけど、10年前は地元の住民と職場がある人以外は来るところじゃなかったので。渋谷や青山に行けばクラブやライブハウス、DJバーとか、音楽を主体にしている場所は昔からありますけど、そういうところにわざわざ行かなくても、身近な街に音楽のある場所があったらいいのになって。昔で言うジャズ喫茶とか、ロック喫茶みたいな。
――イメージはジャズ喫茶なんですね。
そういう小さくてもこだわった音楽を伝えている場所がどんどんなくなっていたので、同じことを今っぽいノリでやったらいいんじゃないかと思って。そんなタイミングで、この物件でお店をやっていた人が「辞めるから何かやらない?」と声をかけてくれたんです。飲食の経験はバイト程度でしかなったけど、自分のタイミングと、場所と、街の感じも含めて良いと思ったし、こんな機会も二度とないだろうから、勇気を出して乗っかってみようと。
――改めてNEWPORTのコンセプトとしては、住んでいるような身近な街で、気軽に音楽に触れられて、しかもそれはちょっとこだわった音楽である、というようなことでしょうか?
そうですね……別に音楽へのこだわりを主張したいわけではないんですが、なんとなくBGMとしてジャズチャンネルを流していますみたいなことではないというか。純粋に自分が良いなと思ったものを人に伝えたいという気持ちかなあ。自分が好きじゃないとなかなか人に勧められないですし。
――なるほど。
レコード会社で働いていたときはお客さんと直接触れ合う機会がなくて、スパイラルでは直接お客さんと顔を合わせて販売していたんです。オンラインストアもない頃だから。自分が良いと思ったものがちゃんと伝わって売れていく場面を目の当たりにすると、やっぱり嬉しいんですよ。DJでみんなが盛り上がっている光景も嬉しかったけど、それより小さくても、一対一で面と向かってお金を払って買ってくれるほうが自分にとっては大きかったんでしょうね。
DJブースにはアナログのターンテーブルとCDJが各2台
例えば、全然流行ってもいないけど、僕はある部分に良さを感じているものがあったとして、それを人に勧めたら「あ、本当に良いね。じゃあ僕も買うよ」って言ってもらえたら、すごく嬉しい。そういうことを業態を変えて、この代々木八幡でやってみたいと思ったんです。音楽のパッケージメディアを売るんじゃなく、今回は飲食店という業態で、音楽は間接的な要素として。
ナチュラルワインと季節に合った野菜料理。
――ナチュラルワインとはどのように出会ったんですか?
最初はたまたま売っているのを見かけて買ってみたんですが、それまで自分が知っていたものとまるで違う美味しさで、かなり衝撃的を受けたんです。当時も少ないとはいえ、ナチュラルワインが飲めるお店はいくつかあったので、そういう場所に飲みに行くうちにナチュラルワインを扱っている人とたまたま出会って。あれはラッキーだったとしか言いようがないですね(笑)。そういうコネクションも全然なかったので。
味同様、個性豊かなラベルのワイン。空いたボトルは店内でインテリアとして使用
――そんな偶然の出会いがあったんですね。
はい。せっかくお店をやるならこんなに美味しいものをこういう日常的な場所で、ある意味気軽に出せる場所ができたらと思って、今に至ります。
――先ほど話してくださったコンセプトに通じていますね。
どれも僕にとっては同じことなんですよね。良いと思ったものをおすすめして、喜んでもらえるとやっぱり嬉しいので。自分にとってNEWPORTはそういうことをやっている場所ですかね(笑)。
――音楽じゃないですけど、気になったものはディグるというか、掘り下げるほうですか?
うーん……それなりに。普通の人に比べたらそうだと思います。ただ僕の場合は、コレクター気質とかオタク気質とか、そういうのはあんまりなくて。集めることよりも、アンテナを張り巡らせること自体が好きなんですよ。その中で見つけた自分の好きなものを誰かに「良いんだよ」って伝えたいんだろうな。
ワインもたくさん種類があるし、ますます流通が増えて、人気も出て、新しい造り手もどんどん出てきているから、おもしろいし、発見があるし、本当にきりがない。音楽も未だに新しい人や新しい流れがあっておもしろいです。
この日おすすめしてくれたのはTouraine Thesee(トゥレーヌ・テゼ)。口当たりは軽すぎず重すぎず、絶妙なバランスでした(鶴谷さん曰く2017年ものは特にいいバランスだそう!)。ワインだけでも、食事とも楽しめます
――ワインに合わせる料理はどうやって決まったんですか?
最初の料理人は知り合いのつてで紹介してらって、僕が海外旅行が好きだから「あまり東京っぽくない感じで、ナチュラルワインに合うものがいい」とざっくりした要望を伝えたんです。結構エスニックな料理が得意な人だったので、ナチュラルワインを売りにしていくんだったら、野菜とか女性に嬉しいメニューがあったほうが良いんじゃないかということで、ファラフェルを提案してくれました。僕もすごい好きだったし、どちらかというとそんなに肉を食べるほうじゃないので。それでオープンのときからずっとファラフェルを出していて、NEWPORTの料理の中では定番になっています。
――ヴィーガンと言っていいのかな、ほぼベジメニューですよね。
そう、その流れがあって、実はリニューアルのタイミングでベジメニューオンリーになりました。近くにWe Are The Farm(ウィー・アー・ザ・ファーム)もありますけど、やっぱりまだまだお店は少ないし、外国の方も多いし。さっきも言いましたが、あんまりやってないことをやることのほうが好きですしね。
――NEWPORTのファラフェルにはどんなこだわりが?
ひよこ豆を粗めにつぶして、クリスピーな食感が残るようにしています。もともとはイスラエル料理なんですけど、今ではいろんな国で食べられているし、店によってもスタイルが全然違うんですよね。
ランチタイムとディナータイムで食べられるファラフェルプレート。ピタパン、ラペ、サラダ、フムスなど野菜の味わいと彩りが豊か
お客さんがいないと、お店は完成しないから。
――10年間の中で一番印象に残っているエピソードはありますか?
2011年の東日本大震災の当日ですねえ。午後2時ぐらいだったかな、揺れがあって。最初はみんな事の大きさに気づいてなかったじゃないですか。
――東京ではそうですよね。
グラスも一つも割れなかったし、何も倒れなくて、お店に被害はなかったからお客さんもそのままランチを全部食べていってくれました。でも、あとから津波が大変なことになっていることが分かってきて、スタッフも帰して、店も一旦閉めたんですよ。そうこうしているうちに近所の人たちが一人でいたくないからとお店に集まってきて。営業はしなかったんだけど、避難所というか、集会所のような感覚で開けていたんですね。
夜も更けてくると、都心部から帰宅難民が流れてきて。この辺に辿り着いてもまたさらに遠くの家まで帰らなきゃいけない人もいましたし、夜はまだ寒かったから「どうぞ休憩してください」と貼り紙もして、もうしばらく開けていました。温かいお茶だけはサービスで出していたんですが、疲れているからどうしてもビールが飲みたいという人もいて、ビールはさすがに売りましたけど(笑)。結局お店を閉めたのは夜中の2時過ぎでしたね。
やっぱり店を構えるということは、日常でも非常時でも、人が居られる場所としての責任があるんだなと。まあ、こんなことはそれっきりないですけど。何かしらの、その町の中での責任みたいなものを背負っているということなんだなと感じて。あのときは身の引き締まる思いでした。
――それはすごい体験でしたね。
だから、それ以降も常日頃そういう意識はありますよね。気持ちのどこかには責任を持ってやれるようにならないとなって。
――お店は自分の好きなものを伝えたいって気持ちから始まるものではあるけれど。
まあそれは第一歩なだけで、結局はお客さんがいないとお店は完成しないから。思い通りにはならないし、自分の手は離れていく。逆に、返ってきたものを受け止めてまたさらに変わっていけるっていう楽しさもありますしね。
逆に20代の子から教えてもらうこともある。
――20年目に向けて、お店や鶴谷さんのこれからのことを教えていただけますか。
ここ2、3年くらいの自分のテーマというか、ぼんやりとしたヴィジョンみたいなものがあって。自分よりも上の世代と下の世代が同時に居られるような、もっと言えば、同時に遊べるような、場所やことを作っていきたいと思っているんです。それがこの店でなのか、もっと広い意味でなのかはまだはっきりと分からないんですけど。僕は今年で50歳になるんですが、例えば20代の子がよくいるような場所では割と上限の年齢層というか、もしかしたら一緒にいることはなかなか珍しいかもしれない。
――二回り以上違うとさすがにそうですよね。
でも50代も、もっと言うと60代も違和感なく混ざれたらもっといいなと思うんです。このお店は僕が40歳のときに始めたんですけど、10年経った今でも、僕よりも上の世代の人が来てくれているんですよ。つまり50〜60代。一番多いのは30〜40代なんですけど、20代も来てくれる。大人だけでも若者だけでもつまらないと思っていて、みんなが違和感なく混ざれる場所やことをもっと増やしていきたいんですよね。
鶴谷さんが参加しているDJユニット「サントラ・ブラザース」。不定期でフリーペーパーを発行したり、NEWPORTでイベントを開催したりと活動中。自身の好きな音楽や映画を共通言語に人やものが繋がっていく
――それはすごく嬉しいです。私もそういう場所が欲しかったです。
なぜそう思うかと言うと、僕が若い頃、上の世代の人たちの話をあんまり素直に聞けなかったから。ちょっと突っ張ってるところもあったというか(笑)。やっぱりそういう人たちの話を聞くとすごく面白いし、刺激になるんですよ。
――分かります……!
例えば2、30年前の東京はこうだったとか、自分が知らないことを教えてくれる。聞くとびっくりするようなこともいっぱいあって、そんな話を若い頃にもっといっぱい聞いておけばよかったなって今になって思うんですよ。
面白い先輩がいっぱいいたのに、20代なんて自分が興味のあることしか知らなかったから、あのときなんで話を聞いておかなかったんだと後悔することもあって。逆に、今自分が下の世代の子たちに話していて、ちゃんと伝えないと伝わらないんだって思うことがいっぱいあるんです。余計なお世話かもしれないけど「これくらい知っといたほうがいいよ」みたいなことってよくあるじゃないですか。
――はい(笑)。
ちゃんと上から下へ、下から更に下へと伝えないともったいないというか。逆に僕が20代の子から教えてもらうこともありますし。そういうことを絶やさないようにしつつも、もっと自然に交流して、いろんな面白い人たちが混ざってくれたらいいなと思っているんです。10年後にそうなっていたら、自分が60歳になってももっと楽しめるんじゃないかなって。そのために40〜50代の中間の世代が繋げる役割を担うべきだと思うので、ここはそういう場所でありたいと思います。
〈SHOP INFORMATION〉
NEWPORT
住所:東京都渋谷区富ヶ谷1丁目6-8
電話:03-5738-5564
営業時間:
月 11:30—23:00 (L.O. 22:00)
火 11:30—23:00 (L.O. 22:00)
水 定休日
木 11:30—23:00 (L.O. 22:00)
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