代々木上原にゆかりのある人物にフォーカスする連載企画「上原人物名鑑」。第9回目は、「36.5℃kitchen」(サンジュウロクドゴブキッチン)を営む宮本岳さんのお話をお届けします。
36.5℃ kitchenとは?
代々木上原駅徒歩0分という好立地の人気レストラン。2014年にオープンして丸5年、ランチ、ディナーともに“満足できるお店”として、地元の人だけでなく遠方からの観光客からも人気のお店です。オーナーの宮本岳さんはフランスでの修行を経て、日本の星付きフレンチで研鑽を積んでこられた本格派の料理人。お話を伺うと、開業までにはドラマティックでユニークなエピソードが満載でした。
医者ではなく料理人になる。フランス修行へ。
ー料理人を志したきっかけはいつ頃だったのでしょうか?
僕は北海道生まれなのですが、父親が医者だったこともあって、すごく真面目に勉強させられていた子供時代だったんです。高校に入って仲間とバンドを始めたのが楽しかったこともあって、もう勉強は嫌だ!医者になんかならないぞと。周りの友達は美容師やアパレルといったクリエイティブな職業を目指していたので、自分も何か人とは違うことがやりたいと漠然と考えていたんです。カメラマンも気になるけど、北海道の田舎には写真館くらいしかないし、稼げるかどうかわからない。だったら料理人はどうだろうかと、動機は単純です(笑)。でも、学生時代から自分の家に友達が集まってきてワイワイやるのが好きだったし、飲食店でもやれば楽しいだろうなというのはありました。
ーお父さんは許してくれたのですか?
いえいえ、怒られましたよ。ほぼ勘当状態でした。ただ、料理人を目指すならフランスにでも留学してちゃんと勉強しろと、中途半端なことをやるなら大学へ行けと言われたのは今思えばエールだったんだなと思います。それで2年目にフランス留学ができる東京の料理専門学校に進学したんです。
—フランスではどんな修行をしたんですか?
学校はリヨンにあったのですが、半年は勉強し、半年は二つ星レストランでひたすら修行しました。2LDKの部屋に男6人で住んでいたのですが、さまざまな人種が集まっていてもうごちゃごちゃ(笑)。洗濯機がないので、H&Mで1ユーロくらいでTシャツ買って汚れたら買い変えるみたいな生活です。でもコックコートだけは清潔にしていましたね。時給0円で、寝ても覚めても厨房でフランス料理を作っていました。基本「見て覚えろ」というスタンスなので、教えてもらった感覚はないのですが、手間のかかるフォン(だし)やソースの作り方などフレンチの基本をとことん習得しました。
ー人種の異なる6人で共同生活とはハードそうですね。会話はフランス語なんですか?
そうですね。研修生は各国から来てたけど、英語じゃなくてフランス語でした。その後、東京に戻って星付きのフレンチで2年間働いたのですが、留学経験はとても活かされたと思います。東京では改めてちゃんと料理を学べましたが、休みがほとんどなくて、ずっと仕事漬けだった。なので今度は土日休みの仕事がしたいと思って料理学校の講師になったんです。
ー料理学校の先生もされていたのですね!
そうなんです。意外に教えることにはまっちゃって6年間続けました。今のお店でもたまに料理教室を開催しているのですが、その時の延長という感じです。
ここでやりたい。29歳の直感。
ーなるほど、フランス留学、星付きフレンチ、料理学校の講師を経てついに代々木上原に「36.5℃kitchen」がオープンするわけですね。
29歳の頃でした。ようやく開業資金が貯まったので、物件探しからスタートです。そもそも絶対代々木上原でお店がしたい!という気持ちがあったわけではなく、渋谷、原宿、中目黒、祐天寺、代々木公園、代々木八幡とあらゆる場所を探した末の決断だったんです。個人事業主に貸してくれる物件ってなかなかなくて。経営がうまくいかなくなって閉店されたらまたテント募集にお金がかかるじゃないですか。物件が決まるまでは苦労しましたね。ここが決まったのは本当にラッキーだった。実はこの物件、オーナーが「ABCクッキングスタジオ」を経営している社長さんなんです。僕が講師をしていた学校の卒業生にABCの先生が多かったことから「お世話になってるよ~」ってことで貸してくれたんです。
ーすごい!ご縁ですね!
でもね、友達からはやめたほうがいいって言われたんです。駅からは近いけど、地下だからわかりにくいし、なんだかジメジメしてるし、飲食店には向いてないんじゃないかって。でも自分はここでやりたいって直感的に思ったんです。とはいえ、やっぱりオープン当初はなかなかお客さんは入って来てくれなかった。地道に、美味しいものを提供していればお客さんはついて来てくれるかなと。実際に5年経ってみて、ずっと緩やかに右肩上がりできているので、この場所に決めてよかったんだなって思えます。客層もいいですしね。代々木上原に住んでいるお客さんは、気さくで話も面白くて素敵な方が多い。ある時領収書を頼まれて名刺をみたら、大企業の社長さんだったことも。このエリアは、六本木や麻布のわかりやすいギラギラ感がなくて、自然体で生きている人が多い街だと思います。そういうお客さんがたくさんきてくださるのも嬉しいですね。
ー店名の由来気になります!
実はこの“サンジュウロクドゴブ”というのは、オープン前にクラブでケータリングイベントを仲間とやってたときの名前なんです。ほんの少し暖かい気持ちを持っていて、ほんの少し人より熱いパッションを持った人が集まる場所になればいいなと、名前を考えた友達に「使っていい?」ってお願いして。キッチンってつけることでフレンチ、イタリアン、和食と限定しない、自由な店にしたかった。だからうちは白子ポン酢も作るし、夜食にラーメンを出していたこともあるんですよ。
人気メニューの「北海道産昆布とフルーツトマトのリゾット」。昆布の塩気とフルーツトマトのフレッシュさ、ジューシーなベーコンが濃厚生クリームと絡み合ってワインが進む進む!
この場所を拠点に、フードの世界をもっと面白くしていきたい
ーランチの人気メニューはカレーですもんね!ディナーの「北海道産昆布とフルーツトマトのリゾット」も最高です!
リゾットは一番の人気メニューです。実は僕がいつもホームパーティで友達に振舞っていた料理なのですが、お店のメニューに出したほうがいいよって言われて。カレーは単純に僕が一番好きな食べ物だから続けています。50代くらいになって落ち着いてきたら究極のカレー屋さんをオープンしたいくらい好きなんです(笑)。
ー食べてみたいです! 宮本さんのお料理はどれも食べ終わった後に余韻が残るというか、また食べたくなるマジックがかかっているかのようです。
それはきっと料理に“だし”がきいているからだと思います。フォン・ド・ボライユと言って、鶏ガラのスープなのですが、水と鶏ガラと玉ねぎ、人参、セロリなどを長時間煮込んだものです。これはフレンチの基本のソースですが、意外にどこのレストランもきちんとだしをとって料理している人って少ないんじゃないかな。市販の顆粒を使っているところが多いと思うんです。手間はかかりますが、どんな料理にもコクが出ますし、欠かせないものです。だしは、「なんかこのお店美味しいよね」の「なんか」の部分だと思っています。
ーそこに星付きフレンチで培った技が活かされているのですね。
とはいっても、高級食材を使っているわけではないですし、そこまでこだわって料理を作っているわけじゃないんですよ。産地にこだわったり、奇抜なものを作ったりすることに興味はない。地元が北海道なので北海道産の食材を使用してはいますが、そこをウリにしたいわけじゃなくて、毎日でも食べたくなるような素朴で美味しいご飯を作りたいと思っているんです。
ーACT LOCALLYのイベントではケータリングで参加していただきました。カレーは完売で大好評でしたね。ケータリングのお仕事も多いのですか?
そうですね。店を始める前からやっていたこともあって、アパレルさんなどからお話をいただく機会が多いんです。ケータリングがきっかけで新たな繋がりが生まれることも多いですし、今後も続けていきたいですね。あと、今後店を出したいと思っている料理人に場所を貸してポップアップレストラン的なイベントができたらいいなとも考えています。使い勝手のいい箱なので、珈琲屋さんでもサンドイッチ屋さんでも。フードの世界がもっと面白くなるようなことを発信できる場所になるといいなと思っているんです。
ーこの立地ならやりたい人はたくさんいそうですね!フラットなカウンターキッチンも魅力ですし。
キッチンが丸見えという設計は珍しいですよね。料理教室にも最適なんですよ。僕らやお客さん同士の会話も生まれやすいですしね。一人でふらっと来ても落ち着く空間だとは思います。
ー最後に、お父さんとは仲直りできたのでしょうか?
はい(笑)。店にも何度か来てくれていますよ。いつか北海道にもお店を出せたらいいなと思っています。
36.5℃kitchen
住所:東京都渋谷区上原1-32-18 サリタスビルB1
電話: 03-5453-7002(15:00~24:00)
営業時間:ランチ12:00~14:30 ディナー18:00~24:00
定休日:日曜日
http://miyamotogaku.wixsite.com/365ckitchen
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