素材にこだわり抜いた、奇跡の1杯。
その街を訪れる理由になる、たったひとつの何か。好きなひとがいること。おいしいごはんがあること。面白い話がきけること。新しい何かに出会えること。
そんな何かが、たったひとつでもあればいい。
「あのお店の『アレ』」があるから、代々木上原に行きたい、暮らしたい!と思える名物をピンポイントでご紹介する連載企画第20回目。
今回は、Tana diner 田中大輔さんおすすめの一品、「季織亭」の「手打ち小麦そば」にフォーカス。メニュー開発のストーリーや、その魅力に迫ります。まずは、おすすめコメントをどうぞ。
経堂にあった名店「季織亭」が今年、ここから歩いてすぐのところに移転したんです。名物は、手打ちの小麦そば。ひらたくいうと「栄養たっぷりですごくおいしいラーメン」なのですが、国産無農薬の小麦と全粒粉を混ぜた麺をつかっていたり、素材すべてにこだわっていてラーメンの概念がくつがえります」 Tana diner 田中大輔さん
「ちなみにお店は住宅地のなかにあって、外観も完全に住宅なので見つけるのにちょっと苦労するかもしれません」とタナダイさんに教えてもらっていたとおり、住所を頼りにすすむと全くお店感のない通りがあらわれます。
本当にこんなところに….と不安になりつつ目を凝らして歩くと、「川名」と名前の横に、小さく「季織亭」と書いてあるポストが見つかります。
門をくぐると、生い茂る蔦の合間からひっそりと「季織亭」の看板が見えます。(最寄りは代々木八幡駅で、歩いて5分ほど/ MAP)
素材をすべて変えることでたどり着いた、ラーメンの新境地
ラーメンというと、「おいしいけれど、食べ過ぎると身体にはよくないもの」というイメージがあります。「季織亭」は20年ちかく前から、化学調味料を一切つかわずに、栄養素のある、身体によい素材のみを用いたラーメンをつくり続けているお店です。
山梨「ぶぅふぅうぅ農園」の放牧豚の豚骨と雉のガラをベースに、出雲の木樽桶仕込みの醤油など厳選した調味料を混ぜあせてつくりあげたスープ。やさしくて奥深くて、じんわりと旨味が口の中にひろがります。いわゆる豚骨や魚介の出汁、醤油など、なにかひとつが強くでているわけではなく、すべてが調和しているような味わいです。
麺は国産の無農薬小麦粉とミネラル豊富な全粒粉を使用。これらをブレンドし、一定時間寝かせた後、足打ちで練り上げることで「うまみとコシ」の強い麺をつくりあげています。
豚骨と同様「ぶぅふぅうぅ農園」の放牧豚のチャーシュー。口に入れた瞬間にとろけます。化学調味料に慣れきった舌でも、圧倒的旨味、おいしさがわかるチャーシュー。
店主の、川名秀則さん。どんな質問にも、やさしく丁寧に答えてくれる。
なぜ、このようなラーメンをつくっているのかときくと「季織亭」店主の川名秀則さんは、はじめに意外な言葉を口にしました。
「実は、ラーメン自体は、もともとそんなに好きなわけではないんです」
「世間一般でいう“ラーメン”は、塩分が多かったり、化学調味料がたくさん使われていることもあって積極的に食べていませんでした。そんな自分でも、食べたくなる、おいしいと思えるラーメンをつくるとしたら?と考えたのがきっかけです」
もともと、「季織亭」はお弁当屋さんからスタートしています。さらにその前を遡ると、川名さんは会社勤めをしていて、そのときに偶然受けることになった「正常分子栄養学」の講義で「食べ物が身体をつくる」ことを強く意識するようになり、飲食の道に進むことになったといいます。
お弁当屋さん・お惣菜屋さんとしても人気店だった「季織亭」が本格的にラーメン作りをはじめたのは18年前。当時は「無化学調味料(略して無化調)」のラーメンをつくっていたところは特に珍しかったそうです。
「無化調のラーメンはね、むずかしいですよ。化学調味料を入れないスープって、出汁をとるのに材料がかなり多くかかるんですね。はじめは、純和鶏の鶏ガラをベースに、野菜と魚介をいれたスープがベースでした。まっとうな価格をつけると、1杯1000円。いまだとめずらしくないですけど、当時は、ラーメンで1杯1000円はありえない、という反応でした」
「むかしから、今もそうですけど、“これってラーメンですか?”と驚く方も多いです。たしかに使っている素材がまるきり他のラーメンとはちがいますから、今は“小麦そば”という言い方をしています」
さまざまな常識を覆した「小麦そば」は、次第に人気を集め、「季織亭」は無化調ラーメンにおける先駆者として知られるようになりました。23年間にわたり経堂でお店を続けていましたが、建物の老朽化に伴い、「季織亭」は一時閉店。
ふたたび、より暮らしに近いかたちでの再オープンをするべく、クラウドファウンディングで、現在の代々木上原・八幡エリアでの出店を計画。無事に支援額を達成し、2017年3月に復活を遂げました。
一軒家を改築して、1F部分を店舗に。カウンター席もテーブル席も、ひとりひとりのスペースが大きくとられておりゆっくりと食事を楽しむことができます。
日々、進化を続ける「究極の1杯」
再オープン後、移転してからも、「季織亭」の小麦そばは進化を続けています。最大の変化は、スープのベースが念願だった「豚骨」ベースへと変わったことです。
「ずっとね、探していて。ようやく見つけました。「ぶぅふぅうぅ農園」といって、山梨で40年以上、放牧豚を養豚しつづけているところがあって。ここ数年でブレイクしてしまってほとんど手に入らなくなってしまっているのですが。繁殖から出荷に至るまで一貫して、完全放牧での飼育に唯一成功している農園です。ひとつのエリアに20頭だけを飼育して。抗生物質などを一切与えず、餌も、ほとんど海外産に頼ってしまうところ、90%以上が国産。こんなところは今ありません」
「この農園の代表も私と同じく変わった方ですから(笑)。通常自分の店のような規模のところには卸してくれないのですが、こういう想いや考えで店をやってて、と熱弁して。実際に扱えることになって、スープをつくってみて驚きました。豚骨特有の臭みがまったくない。よかったら、ちょっとこちらにきてみてください」
そうして実際に鍋を覗かせてもらったところ、本当に、一切臭みがなく、豚骨からくる香りは野菜の甘い香りとほとんど調和していました。
また、ラーメン作りに欠かせない国産小麦にも、並々ならぬストーリーがあります。
「いま使わせてもらっているのは、秋田の白神山麓で栽培されている、無農薬の国産小麦です。ここが今年の秋の作付けでもうご高齢ということでやめてしまうんです。そうなると、うちの小麦そばの味も変わってしまう。こことの出会いがあったからこそ、無農薬の国産小麦が使えていたのですが、とても残念です。いま、ほかに国内の小麦農家さんを探しているのですが、なかなかいなくて….」
このお話をきいて「ということは、いまここで、この小麦そばを食べることができているのは、小麦も含め、豚骨、野菜、醤油、お酢、塩などすべてが”いつなくなってしまうかわからない”もので、1杯にいろんな奇跡が詰まっているわけですよね?」と興奮気味に口走ったところ
「そのとおりです。もはや、出会いがすべてですね」と川名さん。
川名さんと、共にお店を切り盛りする、奥さんの信子さん。おふたりとも、とにかく明るくて優しい。今回ご紹介いただいた「Tana diner」のことも大絶賛!でした。
「普段は、バーみたいなところってほとんどいかないんです。何も期待せずに偶然立ち寄ってみて、料理を食べてみたら、これがびっくり!めちゃくちゃおいしい!本当に驚いてね。それから二人の人間性も大好きになって、通っています」
<その他の名物メニューや、店内の様子>
手打ち小麦そば懐石内の「前菜盛り合わせ」 / 単品では「おまかせ前菜盛り合わせ」として量や盛り付けが変わり、¥1,500
上原に移転後、「季織亭」では、「小麦そば懐石」として、前菜から数種類の小麦そば料理、デザートまでをコース的に楽しめるものがベースとなっています。こちらの前菜盛り合わせは、季節に応じて内容が変わります。この日は、ゴーヤの酢の物、砂肝のカラシ生姜和え、卵焼き、ポテトサラダ、放牧豚のもも肉の粕漬け、しめ鯵、などが並んでいました。添え物とおもわれていた小さな人参すらも、ひとかじりしてみると驚くほどさまざまな香り・味わいが口のなかにおしよせてきまして舌のいろんな眠っていた部分が反応するようで「いい素材ってこういうことか」と舌を通じて体感することができます。
手打ち小麦そば懐石内の「小麦そば つけ」 / 単品では量や盛り付けが変わり、¥1,300
まずは何もつけずに麺だけ食べると、小麦の味わい、香りがよくわかります。蕎麦ともちがう、小麦本来の味。多くのひとにとって初体験です。
手打ち小麦そば懐石内の「変わり小麦そば(汁なし担々麺 季織風)」 / 単品では量や盛り付けが変わり、¥1,500
季節によって内容が変わる「変わり小麦そば」。取材時は夏ということで、汁なし担々麺でした。自家製のラー油と、マイルドかつ香り豊かな白ごま、そして麺が見事にマッチ!
小麦そばと並び、名物になっている黒米卵ごはん(単品は¥350)。卵も、川名さんが厳選した平飼いの養鶏場から仕入れているもの。
(手打小麦そば懐石は、前菜、小麦そば つけ、黒米卵ごはん、変わり小麦そば、温い小麦そば、デザートの6品で¥3800)
季織亭では、落語家三遊亭ときんさんの寄席や、料理教室を毎月開催しています。三遊亭ときんさんは、二つ目時代から仲が良く、昨年真打ちに昇進! 真打ちの寄席も季織亭の一定プライスで楽しむことができます。
おみやげでいただいた自家製ラー油。かけるとなんでも美味しくなる!
季織亭
【住所】東京都渋谷区渋谷区上原1-42-4
【電話】03-6323-0038
【営業時間】昼11:30〜14:00 夜18:00〜22:00
【定休日】木曜、日曜、不定休 ※ご予約は定休日でもご相談ください
【WEB・SNS】BLOG / Twitter/ Facebook
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